當麻曼荼羅



  •  中将姫さまは天平の昔、数々の艱難辛苦に遭いながらも、ほとけの浄土を想い続け、ひたすら読経や写経を続けました。特に「称讃浄土経」は1000巻書写されたといわれており、そのうち1巻が中之坊霊宝館に収蔵されています。
     そうして「称讃浄土経」あるいは「観無量寿経」といった経典を読誦・書写しているうちに、中将姫さまは、西の空に沈む夕日の中に金色に輝く阿弥陀さまのお姿をご覧になったのでした。そして、夕空一面に壮麗な極楽浄土の光景が広がったといいます。その輝きに救われた姫は、その光景を人々に伝えたいと念じ続け、その想いによってこの當麻曼荼羅を表されたのです。
  • 壮麗な浄土の輝き

    當麻曼荼羅には、縦・横約四メートル四方の大画幅に、阿弥陀(あみだ)、観音(かんのん)、勢至(せいし)ら三十七尊や楼閣、宝池などの極楽のありさまが壮麗に描き出されています。まばゆいばかりの光景です。 中将姫さまは天平の昔、数々の艱難辛苦に遭いながらも、ほとけの浄土を想い続け、ひたすら読経や写経を続けました。特に「称讃浄土経」は1000巻書写されたといわれており、そのうち1巻が中之坊霊宝館に収蔵されています。
     そうして「称讃浄土経」あるいは「観無量寿経」といった経典を読誦・書写しているうちに、中将姫さまは二上山の峯の間に、金色に輝く阿弥陀さまのお姿、壮麗な極楽浄土の光景を観たのでした。その輝きに救われた姫は、その光景を人々に伝えたいと念じ続け、その想いによってこの當麻曼荼羅を表されました。
    縦・横約四メートル四方の大画幅に、阿弥陀(あみだ)、観音(かんのん)、勢至(せいし)ら三十七尊や楼閣、宝池などの極楽のありさまが壮麗に描き出されています。まばゆいばかりの光景です。
    そして下辺には、臨終の際、阿弥陀さまが浄土へ迎えて下さる様子も描かれています。「亡くなってからの極楽往生」です。特に鎌倉時代以降の浄土教の流布によって、このような往生の信仰が高まり、當麻曼荼羅もまた往生信仰の象徴のように仰がれるようになっていきました。
    しかし、この曼荼羅の両端に描かれている内容は「亡くなってからの極楽往生」とはちょっと違います。
  • 壮麗な浄土の輝き

    まず、左辺には、インドの王妃イダイケがお釈迦さまによって極楽浄土を目の当たりにし、それによって救われた話が示されています。つまり、亡くなって極楽浄土へ迎えられたのではなく、この身のままで浄土を観じることによって、生きたままで浄土の喜び、安らぎ、を得ることができ、救われたという話が説かれているのです。 「生きたままで浄土の輝きに救われる」とはどういうことでしょうか。それを実際に体験するために、曼荼羅の右辺には「観無量寿経」に説かれている「浄土を観じる瞑想法」が記されています。心を鎮めて一心に浄土を思い浮かべることにより、生きたまま浄土に遊ぶ心地を体感する瞑想法です。ほとけさまを思い描くことにより、ほとけさまが常に見守って下さるという喜び、ほとけさまを身近に感じる安らぎを得ることができるでしょう。これこそがほんとうの「念仏(ほとけを念じる)」ということです。  ただし、「瞑想」というと「難しい修行」「お坊さんがするもの」と思われるかもしれず、また実際やってみてもなかなか心が安定しにくい方もあり、初心者にはとりつきにくいかもしれません。そういう方には、中将姫さまがそうされたように「写経」によって体験する方法があります。さらに具体的に仏さまのお姿を描く「写仏」も有効な方法の一つです。
  • お大師さまの現世浄土

    弘法大師さまは、「密厳浄土(みつごんじょうど)」ということを説かれました。ひとりひとりが仏を念じ、自らが菩薩である自覚をすることによって、この世がそのまま浄土になる、「現世浄土」の教えです。  當麻曼荼羅を想い、浄土に集う仏さまを念じ、自分自身もこのような仏さま菩薩さまのように生きようと心がければ、お大師さまの教えのように、この世がそのまま浄土に感じることができるかもしれません。 浄土は遠くにあるものではなく、ほとけさまは心の中に、お浄土は実は目の前にあるのではないでしょうか。
  • 関連情報

    當麻寺の中之坊では、當麻曼荼羅に描かれるほとけさまと縁を近づけるため、仏さまの姿を筆で描き写す「写仏」を体験することができます。ゆっくりを筆を執り、仏さまを身近に感じてみましょう。 写仏 写経